不眠症などと、ことさらに言うほどではないけれども、眠りに入ることがあまり得意でないのでして、さあらば世のならいに従って羊の一つでも数えようかと思うのですが、いざ羊を数えようと思し召しても「はて、数えるべき羊はメリノかサフォークかコリデールか」などと考え込んでしまうものだから余計に眠れない。それでもなお数えていくにつれて「こんなに羊の数が増えたらいずれエンクロージャーが起こって民が苦しむだろう」とか「狭い土地にこんなに羊がいたらスクレイピーを発症する個体が増えてしまう」などと、あらぬ方向へと思考が進んでしまうのでやっぱり眠るのが不得手である。ちなみに、イギリスのエンクロージャーをはじめとする羊と人間の関わりについては『羊の人類史』(サリー・クルサード、森夏樹訳、青土社、2020年)が、羊のスクレイピーや牛の狂牛病などウィルスではなくタンパク質が引き起こす病気については『眠れない一族』(ダニエル・T・マックス、柴田裕之訳、紀伊國屋書店、2007年)が詳しい。
さように、眠れないときに羊の数を数えるのは危険な行為であると思われるのですが、最近の僕の眠れない脳を悩ませるのは羊でなく先祖の数を数えることだったりする。換言するなら、ミトコンドリア・イブに収斂されるだろう先祖の数はいつ減少に転じるのかということです。多くの人と同じように僕には親が2人います。その親となると4人、さらにその親世代には8人。というように、ご先祖様の数は2倍2倍で増えていき、その前の世代が16人で僕から数えると4世代前、その倍の8世代前が256人、さらにその倍の16世代前は65536人、その倍の32世代前となると実に4294967296人にもなるわけです。お盆の帰省ラッシュの際には深刻な精霊馬不足が心配されます。
32世代前というと、仮に1世代が平均して20年ほどで世代交代するとしても640年前、西暦にして大体1400年ごろかと思われますが、試みに検索してみますと諸説はあるようですが、その頃の地球全体の人口が4億人ほどという試算が多いようです。その時代の地球全体の人口4億人に対して、先述の通り僕ら世代の先祖は理論上40億人ほどいるべきなので、導かれる結論としては僕らの先祖の少なくとも10人に9人ほどは地球外の惑星からやってきた知的生命体だ!地球人の血なんて10分の1も流れていないじゃないか!と、なるのであれば話が早いのですが、そういうわけも当然なく。
つまるところ、親は2人、その親となると4人、さらにその親たちは8人と、シンプルに倍増していくはずの先祖たちが、あるどこかのタイミングで減少に転じる特異点があるということでしょうか。近親婚による先祖の重複などが分かりやすいですが、何も姉妹兄弟や、ちょっと想像しづらい親子間といったものでなくとも、いとこ同士(原題:Les Cousins)はとこ同士の婚姻があるだけでも先祖の増え方は鈍化するわけで、ある程度まで先祖を遡るとこの重複の量が相当な数になるということなのでしょう。この当初は2倍2倍の指数関数をなぞるかと思われた先祖関数がいつの間にか減少していくはずの、そのグラフの形がどうなっているのかというのが、最近の気になるところです。もうすぐハロウィン、ご先祖様に会われる方はぜひ尋ねてみて、僕にこっそり答えを教えてください。