5月31日はGive me little more.でやっていたライブを聴く。小さい頃に好きでよく聞いていた、いわゆるギターポップらしいキラキラしたサウンドが満載でとても懐かしい気持ちになる。だからというわけでもないけれど、子どものようにファンタジー小説を無性に読みたくなって、ディーノ・ブッツァーティの『古森の秘密』(長野徹訳、2016年、東宣出版)をぱらぱらと。珍しく忙しくしているので、少しずつ息抜きのように読むのだけど、これがすこぶる面白い。たしかに大人になるにつれ、読む本における小説の割合が減ってはきたものの、働くと本が読めなくなるなんてのはまったくの嘘なので、どうか皆さん騙されませんように。
ブッツァーティは岩波文庫にもある『タタール人の砂漠』が最も有名で、実際とてつもなくよくできた名作だけれど、個人的な好みをいうならマジックリアリズム的な要素がより強い『古森の秘密』に軍配を上げたい。木の精霊が人間の姿で森の由来を語り、洞窟に閉じ込められていた風は解放される代わりに人間に服従し、鳥たちはミミズクを裁判長にして人間の罪を裁き、そんなおとぎ話のような物語は、しかしながら妙に具体的な日付が記されていたり詳細な注釈が付けられていたりと、客観性を強調するような記述で進められる。訳者あとがきによれば、ブッツァーティが「幻想物語が説得力を持つためには、ごく平易で実用的で、事務的とも言えるような言葉で語られなければならない」と言っているそうだ。
マジックリアリズムの旗手と目されるガブリエル・ガルシア=マルケスなども新聞記者として長年働いていたけれど、ブッツァーティもミラノの新聞「コリエーレ・デラ・セラ」に生涯務めていたらしい。ジャーナリスティックな描写を重ねていくうちに、いつの間にかマジカルな景色がたちあがってしまっている、というのがマジックリアリズムの醍醐味の一つだと考えているので、先のブッツァーティの発言には膝を打つ。今まで読んでなかったのが不思議なくらいの『古森の秘密』だけれど、翻訳が2016年と遅いから仕方がないかと思っていたら、同じ2016年に『古森のひみつ』として岩波少年文庫でも出版されているようで、そんなこともあるのかと首をひねっている。