生活綴られ方練習

フォーサイス空間

世の中的には3連休だったようで、カレンダーとあまり縁のない僕も、週末から名古屋でNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)の来日公演、京都でダムタイプの故・古橋悌二の誕生日イベント『lovers』、大阪では先日の『工芸の五月』に合わせて松本で展示していた出垣内愛さんの個展『And you』と、ちゃんと連休気分を味わう。いずれもとても楽しかったのだけれど、NDTの『One Flat Thing, reproduced』が何といっても凄まじい。

ウィリアム・フォーサイスによって振り付けられた本作は、まだ健在だったフランクフルト・バレエ団で2000年に初演していて、僕が映像で観ていたのもフォーサイス率いる同バレエ団による上演だったかと思うけれど、生で観る舞台は本当に迫力があり、これは息を呑むというのか、15分の上演時間ずっと息を止めていたんじゃないかと錯覚するほどの緊張感だった。空間をグリッドで把捉しようとするフォーサイスらしいダンス観が十全に発揮されていて、コンテンポラリーダンスに馴染みのない人が観ても、彼らが一体何とストラグルして身体表現をしているのかという永遠の問いについて、一つの答えを得たと感じるのではなかろうか。舞台奥に置かれた20台の長机が、ダンサーたちによって勢いよく運ばれ、横5×奥行き4のグリッド上に配置されるところから本作は始まる。ダンスの伝統を引き合いに出すならクルト・ヨースの『緑のテーブル』などと異なり、机自体には何の意味も付与されていないから、あくまで舞台空間を幾何学的に分節し、分節することで逆説的に連続性を意識させる機能しか、この20台のテーブルは持たない。そうして生まれた横5×奥行き4に、舞台の床面と机の天板という高さ2をかけ合わせた40、いや跳躍やリフトも含めれば高さ3で60のフォーサイス空間をダンサーたちが文字通り縦横無尽に駆け巡る。映像だと、そのコンセプトの匂いの方が勝ってしまって、いまいち乗り切れないということはあるのかもしれない。だから、それを舞台作品として成立させるNDT1のダンサーたちの身体能力の高さがあってのことだとは思うけれど、フォーサイスという振付家の一つの極地を垣間見た心地さえしたのです。

何だか熱っぽく書き過ぎてしまったかもしれない。何やねんフォーサイス空間て。何はともあれ、この15分のためだけでもチケット代を支払う価値があったよというご報告でした。

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