生活綴られ方練習

あの頃の京都

関西へは定期的に帰っているというものの、今回の京都は少し思い入れの強いものになったのかもしれない。長過ぎる学生時代を過ごした、この古都については思い出があり過ぎて、いつになっても上手く書ける気がしないままなんだろうなと思います。30年以上続くドラァグクイーンのパーティー『Diamonds are forever(以降DAF)』(当時は20周年とか言っていたので隔世の感がすごい)は、僕にとっては初めて本棚から離れたところで体感するクィア思想だったので、ある意味では故郷のようなものなんだと思っている。あの頃はただの客だった僕らが今、ある人はそのステージに立っていたり、根底で共通するような美意識に依ってたつ活動をしていたりするのは、なんだかとても感慨深いのです。何にもしていない僕なども、終演後なぜか楽屋にお邪魔してしまい、その間にコインロッカーに預けていた荷物が回収されてしまったために「3/24DIAMONDS」と書かれた緑の養生テープを貼られたトートバッグがちょっと愉快で、その養生テープを貼られたままのトートバッグをしばらく使うのもいいなと思っています(メトロのスタッフさんにはご迷惑をおかけしました)。

学生時代には本当に毎月のように遊びに行っていたDAF(別件の用事があっても最後のダンシングクイーンだけでもと聴きに行ったりしていたので本当に毎月だ)なんですが、随分と時間を経てから、映画『ダイヤモンド*アワー』の監督としてしか認識していなかったD.K.ウラヂさん(思い返せば実は当時も一度お会いしたことがあった)がトークイベントでお話をされているのを拝聴する機会があって、何というかDAFについての足りないピースを見つけたというよりは完成されたジグソーパズルを固定するのり?額縁?がここにあった!というような心地がして膝を打ったものです。あまり詳しくは存じ上げないのですが、賢くて美しい(つまり気高い)のに、とても他者への理解力を持った(あるいは理解力を持つことを恐れない)人という印象で尊敬しています。渋谷の松濤美術館で開催された『装いの力―異性装の日本史』展についての拙稿は、なんだか筆に熱がこもってしまい、おはもじなのですが、「CQ! CQ!」というタイトルに触れたことについて、ウラヂさんが喜んでいたよと人づてに聞いて、単純に嬉しかった。文章についてポジティブな評価をもらって、安堵よりも歓喜(©田辺マモル)を覚えた数少ない例です。そんな故郷のようなDAF牧場から丸々と育って出荷された人たちが、少なからずこの社会でそれぞれに奮闘していると考えると、ちょっとは生きやすくなるような気もする。

DAFのことを書き過ぎた。今回の京都では、学生時代に所属していた映画制作サークルの同期と3人で久しぶりに呑んだり、あまつさえ平日の深夜にカラオケまで行ったりもしていて、彼らについては、同じ時間を過ごしたり同じ体験を共有したりしたことが友情を育む強力な理由になるのだという、言ってしまえばごくごく当たり前のことかもしれないことを実感として教えてくれる存在として非常にありがたく思っている。そんな彼らがまた、京都に今なお住んでいて、粛々と生活を営んでいるということも本当に貴重なことで、だから失踪したり心を病んだりするのはほどほどにしておいてくれよと祈るように思っています、僕のためにね。

やっぱり、あの頃の京都のことを書こうとすると、なんだかとても取りとめもないものになってしまうので、思い出話はこのくらいに。

昨年買って読んだ本のなかで最も面白かったものの一つに、榎本空さんの『それで君の声はどこにあるんだ?』(2022年、岩波書店)があります。ジェイムズ・H・コーンというアメリカの黒人神学の泰斗のもとで著者が学んだ日々のことが主として書かれていて、見聞の狭い僕などはコーンの存在はおろか、黒人神学という学問分野についても露ほど知らず(でも言われてみればそれは確かにあるでしょうと)、そしてBlack Lives Matter運動などもそんな豊かな流れのなかに胚胎して生まれ出でたものだということも、この本に教えてもらい盲を開かれたような思いです。沖縄県の伊江島という、かの戦争で大きな傷を負った島に本州からの移住者の子として育った著者は、島民に対してもアメリカの黒人に対しても、その歴史に関する非当事者性というか、もっといえば特権性に向き合わざる得ないと感じているのですが、そこで彼は新約聖書に登場するアリマタヤのヨセフという存在に、ある種の救いを見出します。つまるところが、高圧的なローマ総督ピラトと交渉して、磔にされたイエスの遺体を引き取り手厚く埋葬したという人物です。磔刑に処された異端者の遺体の引き渡しが例外的に許されたのは、アリマタヤのヨセフが富豪だったからだとか、議員だったからだとか、福音書によってその仔細は異なるそうですが、特権階級にあったことはどうやら間違いがなさそうです。当事者以外にとっては到底理解し得ないような悲劇をその身体に刻印されている人々、その辛く凄まじい感情を共有することはできなくとも、敬意を持った適切なやり方で弔うことなら僕らにもできるのかもしれない。

この高潔な黒色をまとった書影を見かけたとき、何の前情報も持ち合わせていなかったのですが、あー、これは読まなくてはいけない本ですねー、と。最近はあえて新刊や話題作をあまり手に取らないようにしているのですが、本棚から読むべき一冊を見つけ出すというよりは、その本の方が僕を読者として見つけてくれるような感覚、大型書店や雑然とした古書店を徘徊する癖のある同好の士ならお分かりいただけるかと思います。それで手にとって著者のプロフィールを見ると1988年生まれの同志社大生とのこと。もちろん面識はありませんが、同じ時代の京都を過ごしていたのだなとちょっとした親近感を勝手に覚えたのでした。もしも、あの頃の京都で出会うことがあったなら、「将来こんな素敵な本を書いてくれてありがとう!」とお礼を言いたいくらいなのです。

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