生活綴られ方練習

雑談

雑談『広告』という、雑誌『広告』(博報堂)のイベントが開催されていたので、東京に行きがてら立ち寄ってみた。現行体制の編集部のもと発刊された全5号の制作過程を紹介する展覧会で、会場の中心にある制作スケッチを張り巡らせた囲いのなかでは、編集長と関係者たちによる「雑談」がほぼノンストップで行われるというものだった。雑談というのは、フォーマットとしてとても良い。僕もしたい、雑談。赤坂のオフィスビルはものものしくておっかなびっくりなんだけど、表紙をシルクスクリーンで1つ1つ手作業で印刷したり、流通のための段ボールのパッケージを組み立てたりしている風景の写真が見られたのは嬉しい。雑談の登壇者では、途中までしか聞けなかったものの和田夏実さんのお話が最も印象的。23歳にして初めて「言語」と出会ったカンボジアの人の話とか。

実際に手話通訳をしながら、大学で視覚言語について研究もされているという和田さんは、「ろう者の両親のもとで手話を第一言語として育」ったそうです。いわゆる「コーダ(CODA:Children Of Deaf Adults)」という名前を知ったのは、澁谷智子さんという人の『コーダの世界 手話の文化と声の文化』(医学書院、2009年)という本を読んでのことでした(コーダについては映画『コーダ あいのうた』で知った方も多いかと思いますが、そのオリジナル版のフランス映画『エール』がとても面白かった)。親のコミュニケーションと、周りの大部分の世界におけるそれが、身体レベルでまったく異なっている状況に生まれた人たちならではの、驚くべき日常ネタがてんこ盛りで、1ページあたり1枚くらいのペースで目からウロコが落ちていく読書体験でした。いかにそれまで手話という言語について考えてこなかったか。同書も含まれる医学書院のシリーズ「ケアをひらく」は、本当に興味深いタイトルばかりで、おかげさまで家の本棚にそれまではどちらかというと縁遠かった医学書院の本が増殖中です。

日本語を逐語的に翻訳している「日本語対応手話」とは異なる、日本に暮らすろう者の人々が日々のコミュニケーションのために発達させてきた「日本手話」というのは、その意味で紛れもなく日本語から独立した1つの言語であるわけでして、であるならばその言語を基底とした独自の文化が存在していることも容易に想像できるかと思います。そういう点からも日本はすでに多文化社会であるわけでして、にもかかわらず認識だったり、制度だったり、色々と現状に追いついていませんよねえ、というのはこの島国で暮らしているとあらゆる場面で遭遇する毎度おなじみバカバカしいお話。ことに手話について法制度や学校教育などの観点からまとめたのが、『手話を言語と言うのなら』(ひつじ書房、2016年)というブックレットでして、一つ一つのトピックが短く明瞭に整理されていて、門外漢の僕にとりましても手引きとして参考にさせていただきました。

ありがたくも過去に手話通訳者や「聞こえにくさ」のある方に取材する機会が与えられまして、いやしくも大慌てで上記のような本を読むわけですが、何の話かって、SLOW LABELさんというNPO法人のオフィシャルサイトで展開されている『Beyond Slow』というコンテンツの話です。SLOW LABELに寄付をしている賛助会員に向けたインタビュー記事のシリーズなのですが、「多様性と調和のある世界」を目指す同団体の記事らしく、ググっても出てこない方々のインタビューが多く、いつも難しい分とても刺激的で、お金もらって勉強させてもらえるんだからありがたいことです。以前より、そこそこのウェイトのある記事を執筆する際は、最低1冊は関連する本を読もうと思っていて、それは別に仕事に対する真摯な態度とかでもなんでもなく、頼りない自分自身の能力を少しでも大きく見せようとする卑しい算段とか、そうはいってもちゃんと勉強して臨んだんだから結果はともかく頑張ったんや!という自己愛撫とか、今まで読む動機を強く持たなかった分野の本を皆が労働している時間に堂々と読むための体の良い口実とか、そういうやつなんですが。さりとて『Beyond Slow』では、先述の手話関連のほかにも、たとえばダウン症の方に取材するために『ダウン症のサラ』(E.D.リーツ、誠信書房、1996年)をほとんどおまじないみたいな気分で読んだりしていて、このアプローチで合ってるのかとかは知りませんが、得難い経験をしているなという実感はあります。コロナだったり担当者の転職だったりで長らく頓挫しているけど、また依頼してもらえたら続けたい内容。

そんなわけで、フリーランスでライターなんて危なっかしい仕事をしていると、どんな本が仕事の役に立つかなんて分からないので、積ん読なんてあればあるだけ良いんです、それはもう誰が何と言おうと。そんな言い訳によって積まれている本『トゥアレグ 自由への帰路』(デコート豊崎アリサ、イースト・プレス、2022年)の展覧会が青山で開催されていたので覗いてみる。前後に、ポール・ジャクレーの太田記念美術館地蔵菩薩の根津美術館でサンドイッチしながら。ポリネシアの浮世絵も、サハラの塩キャラバンも、エキゾチックな仏像も旅情を誘うもんだから。アルジェリアにはいずれ行こうと思う。

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