生活綴られ方練習

花火が怖い

携帯電波もあまり届かない、深い山間部にいたので更新が遅れてしまいましたが、というのも念願の富山県南砺市の利賀村にて、『SCOTサマーシーズン』に初めて参加してきました。念願の、というのは、若い頃からSCOT主宰の鈴木忠志氏の著書にはよく触れていたからで、日本の演劇や日本語で演技をするということについて昔からよく分からなかったのが、彼の本を読むと不思議と理解できた気になったのです。だから歌舞伎でも新劇でも、僕の演劇観の根っこには氏の理論がある。それなのに演劇をしている人でも読んでいなかったりするので、なかなか人と演技の話をするのは難しい。新刊書でなかなか手に入らないのだから仕方ないけれど。かくいう僕も、古本屋で鈴木忠志関連本を見つけるたびに買い求めていて、今では『内角の和 鈴木忠志演劇論集1,2』(而立書房、1973年・2003年)はもちろん、『別冊新評 鈴木忠志の世界』(新評社、1982年)や『エナジー対話 第5号 劇的言語』(エッソ・スタンダード石油広報部、1976年)などが手元にあります。最後の『エナジー対話 第5号 劇的言語』は、中村雄二郎さんと鈴木忠志さんの対談で、これがすこぶる面白い。ちなみに『エナジー対話』は、今のENEOSのPR誌『エナジー』として1964年に始まったシリーズで、石油危機により廃刊となった『エナジー』の後継シリーズです。編集者は、旅の随筆なども得意な高田宏氏。他にも、大岡信・谷川俊太郎や団伊玖磨・小泉文夫、高橋康也・樺山紘一など、刺激的な対話が揃っていて、こちらも古本屋で見つけるたびに手に入れている。

初めて訪れた利賀村は想像以上に遠くて、松本駅から長野駅までが篠ノ井線で1時間強、長野駅から富山駅までも北陸新幹線で1時間弱なのに、そこからの送迎バスが2時間弱もかかるという。ちょうど日程が重なっていた「おわら風の盆」の混雑を避けるため、越中八尾を迂回したことも一因なのでしょうが、庄川と併走するようにして深い山間を黙々とバスは進んでいて、対向車にも滅多に出くわさないものだから、本当にこんなところで世界的な演劇祭が開催されているのかと不安になってくる。無論、到着すればそれが杞憂に過ぎないことはすぐに明らかで、老若男女、話す言語も様々な人々が三々五々している。思っていたより若人が多いのは、大学のゼミなどで教授に連れられたりしているようです。若いうちから、こんな物凄いものに触れられて羨ましい。1日目はエウリピデスのギリシャ悲劇『ディオニュソス』と『世界の果てからこんにちはⅠ』を観劇。ディオニュソスの存在が、一人の神的人間ではなく複数の僧として演出されていて、普通の人々からなる集団の熱狂というものをより一層強く感じるようだ。この「新しい神、若いゼウス」といった意味合いの名を持った異教的な酒の神の不思議さには子供の頃から惹かれるところがあり、僕にとってオールタイムベストな小説の一つである『カドモスとハルモニアの結婚』(ロベルト・カラッソ、東暑子訳、河出書房、2015年)を読むのにも大事なので、またどこかで触れるかもしれませんし、触れないかもしれません。とりあえず、ワインの神様だから好きとか、そういう理由ではないです、たぶん。

「はてこん」こと、『世界の果てからこんにちは』は、この演劇祭の10周年を記念して1991年に初演された、花火を盛大に使用する野外演劇で、なかには近距離で見られるこの花火の方を、演劇よりも楽しみにしているんじゃないかと思える観客も多数いて、明らかに爆撃や戦火のアナロジーとして演出されている花火の轟音や眩しすぎる光は、臆病な僕にはむしろ恐怖だったのに、それでも花火に対して大きな歓声が上げられていて、昼間にディオニュソス信者の狂気を生々しく感じていたこともあって、より恐ろしくなってしまう。それにしても圧巻。今年で84歳とは思えない矍鑠ぶりだけど、ご本人は「死ぬまで続けるけど、もうあと2年くらいで死ぬから」とおっしゃる。こういう意志の強いタイプの人は有言実行してしまいそうだから、そんな心細いこと言わんと長生きして、いつまでも演劇を続けてほしいと思っています、人類のために。どなたか利賀村へ行ってみたいという方がいらっしゃいましたら、一緒に行きましょう。

< 前の記事へ