引き続きイタリアのことを。
4日。ボローニャ2日目はジョルジョ・モランディ尽くしだった。2024年は没後60周年にあたるらしく、「ART CITY Bologna」もモランディに関連するプログラムを中心に組まれている。MAMbo(ボローニャ近代美術館)内のモランディ美術館で展示されていたメアリー・エレン・バートリー(Mary Ellen Bartley)というアメリカ人写真家の作品が秀逸だった。モランディのアトリエや自宅にあった蔵書や小瓶を、まさにモランディ作品を彷彿させる構図や光線でもって写真作品として成立させている。また、「ART CITY Bologna」の会場になっている関係で送迎バスが運行していたため、ボローニャのモランディ邸だけでなく、夏の間を過ごしたボローニャ近郊の避暑地グリッツァーナにある家も訪れることができた。イギリス、グラスゴーを拠点に活動するサウンドアーティスト、マーク・ヴァーノン(Mark Vernon)による作品は、モランディが最期まで使用してた画材がそのままになったアトリエを会場に、水差しやボトルの中に仕込まれた小さなスピーカーが微かな音を立てているインスタレーション。まるで互いに囁き合っているような小瓶たちは、モランディによる静物画に描かれたそれらのように、それぞれが感情を持った人物であるかのような親密さを感じさせる。それにしてもモランディというたった一人の存在が、ボローニャという街における芸術表現のイメージソースとして小さくない役割を果たし得ているところに、この決して派手ではない画家の偉大さに改めて感嘆する。
5日。ボローニャ小旅行の疲れもあるし、日中はオンライン会議などPC仕事をして過ごす。普通のフィレンツェ市民の暮らしを少しでも体験したいと、夜は近所のスーパーで買い物をしようと思っていたら、アパートのシェアメイトで料理を学びにイタリアへ来たという若者がカルボナーラを振る舞ってくれるという。グアンチャーレとペコリーノが必要とのことで、食肉加工品とチーズだけで何フロア使うんだというようなスーパーをさまよい歩く。グアンチャーレは豚頬肉の塩漬け、ペコリーノはその名の通り羊乳から作られるチーズのこと。日本人ばかりのシェアメイトたちと夕食をとりながら歓談する。スーパーで買った安ワインは美味しかったけれど、安ベルモットは食玩のラムネのような甘ったるさがあって少し閉口した。
6日。フィレンツェ国立考古学博物館へ。古代エジプトに関する資料でも有名らしいが、エトルリアの出土品もたくさん展示されており、俄然興味が湧く。現在の中部イタリアを中心に独自の文化を築いたエトルリアを、ギリシア語では「テュッレーニア (Τυρρηνία)」と呼び、ラテン語では「トゥスキ(Tusci)」と呼んだそうで、つまりティレニア海やトスカーナ州の語源にも関係している。建築技術や航海技術に長けていたようだが、美術品も面白く、グラフィカルな壺絵など愉快で洗練されたデザインが現代的とさえ思ってしまう。いわゆる「アレッツォのキメラ」もこの博物館に鎮座してました。お腹が空いたので屋台でフィレンツェ名物「ランプレドット」を買ってシニョリーア広場で頬張った後は、カフェ併設の書店「TODO MODO」で一休みをする。牛の第4胃をトマトやセロリとともに煮込んだランプレドットは、少し酸味のある緑色のソース(サルサヴェルデ)と辛いソース(サルサピッカンテ)がかかっていて美味しい。美味しいが、ボリュームが物凄くて胃が疲れ果てたので、TODO MODOでは「番茶」をオーダーする。高価な番茶というのは不思議だけれど、やはり本がある場所は落ち着く。書棚を眺めていたらロベルト・カラッソが代表を務める出版社アデルフィから出ているカラッソの本を見つける。『カドモスとハルモニアの結婚』(ロベルト・カラッソ、東暑子訳、河出書房、2015年)のファンなので、イタリア語がまったく読めないのにグッズ感覚で買う。
7日。午前はミケランジェロのバッカス像をお目当てに、国立バルジェッロ美術館へ行く。この国には国立のムゼオが一体いくつあるのだろうと少し呆れてしまう。そして展示資料のボリュームがとてつもない。ギリシャ神話モチーフの作品は比較的ストーリーが分かるので観ていて楽しい。ルネサンス期のイタリアで好まれたお酒の神様バッカスは、ギリシャ語では「ディオニューソス」といって「若い神、新しいゼウス」というような意味で理解できる。カドモスとハルモニアの娘セメレーとゼウスの子供とされるが、以前に死んだザグレウスというゼウスとペルセフォネーの子である神様の心臓を持って生まれたとされることもあり、特にオルフェウス教という古代ギリシャの神秘主義的な新興宗教で強い信仰を集めた、ちょっと異質な神様だ。午後はオブラーテ図書館と「レ・ムラーテ(Le murate)」というアートスペースなども備えた施設内のカフェで仕事をする。ざっと調べると、前者は13世紀に病院として建てられ後に修道院として、後者は15世紀の修道院が19世紀から20世紀にかけては刑務所として使用された建物だそうだ。
8日。ドゥオモ近くの大型書店「リブラッチョ(Libraccio)」で長時間を過ごす。マッシモ・カッチャーリの著作やウンベルト・ボッチョーニの作品集などを見つけるが、読めないイタリア語の本ばかりそんなに買ってどうする、と泣く泣く諦める。まだ少し未練がある。料理本のコーナーでセールになっていたワインについての本が、表紙絵はカラヴァッジョのバッカスで、昨日観たミケランジェロのバッカス像の写真なども図版として載っていたので、これはさすがにと購入した。夕方にはアルノ川を渡って、オルトラルノ(アルノの向こう)地区でもフィレンツェの城壁最南端の門「ポルタ・ロマーナ(Prota Romana)」近くのカフェ「イル・コンヴェンティーノ(Il Conventino)」へ。ここは19世紀に修道院として誕生したものが、病院として使われた後、職人の作業場や芸術家のアトリエになったそうだ。第2次世界大戦中にはパルチザンの隠れ家にもなっていたという。カフェというのも、この歴史ある施設の保護や促進を目的として運営されているとのことで、フィレンツェ市からの後援を受けている。レ・ムラーテもそうだが、市が率先して歴史的建造物を保全し、市民に積極的に開放している点が素晴らしい。