友人たちが主催するパーティー『大工時間』に参加するため年明けも関西に居残り、実家でゆっくりと過ごす。「2024年は辰年のうちでも甲(きのえ)辰だから飛躍の年になる」なんて根拠のない話も色々な人から聞かされていると、なんとなくそんな気にもなってきていたら、正月早々から北陸の大地震が起こって「話が違うじゃないか」とナーバスな気持ちになる。60年前の甲辰というと、東京五輪開催や東海道新幹線開通は日本にとって飛躍だったのだろうか。オリンピックや新幹線、数年後には大阪万博と、60年ほど前と言ってることが変わらない国で、人々はどんな飛躍の初夢を見られたのでしょう。
日本で最初の原子力発電所は1966年に運転を開始した東海村のものだと思いますが、商業用軽水炉としては敦賀の1970年が初めてだそうです。そう、1970年3月14日に営業運転開始した敦賀発電所1号機が、まず電気を送った先こそが同日に開会式が行われた大阪万博でした。アイゼンハワーよろしく「平和のための原子力」のほかにも、きな臭い1940年(皇紀2600年)に開催が予定されていた『紀元(皇紀)二千六百年記念日本万国博覧会』の入場券が実際に使えたなど、70年万博というのも決して輝かしいばかりのものでもないようです。そのあたりの事情については、前衛芸術の観点から大阪万博を分析した『大阪万博が演出した未来』(暮沢剛巳・江藤光紀、2014年、青弓社)に詳述されていて面白い。
「原子力の平和利用」以外にも胡乱な言説が飛び交う原子力発電には中高生の頃から少しく関心を持っていたので、今回の能登半島地震に関する報道で羽咋郡志賀町の名前を聞いて真っ先に思い出したのがアリス館志賀のことだった。ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』のキャラクターたちが原子力発電の魅力やエネルギー問題について楽しく教えてくれるという何ともグロテスクな施設で、学生時代から一度は行ってみたいと冗談交じりに言っていたけれど、それももうかなわないだろう。当の志賀原発が1999年に臨界状態にあったことを2007年に隠蔽が発覚するまで隠し続けていたり、特に3.11が起こってからは3月ウサギの庭先で開催される「気違いのお茶会」の笑い話にもできないと思ったりしたけれど、原発建設の反対運動を当地で長年続けてきた人々にとってはアリス館志賀なんて初めから悪い冗談としても受け入れられないものだっただろうと反省する。
普段テレビを見ない生活をしているものだから、常にテレビが点いている実家にいるとついつい見入ってしまう。それならばいっそ積極的に見ようと考え、今回も仕事の早い『NHKスペシャル「最新報告 能登半島地震 〜命の危機いまも〜」』を。元日の夕方の発災だったから人手も足りていないんだろうと想像していたが、はたせるかな状況把握さえもまだまだ追いついていないようで。番組内、娘2人を家屋の倒壊で失い、今は高齢の母が救出されるのを待っている夫婦が取材に応えていた。なんでも19年ぶりの一家団欒だったそうで、きっと何日も前からたくさんのご馳走を用意したりして今か今かとその日を待っていたんだろうに、震度7の地震なんていつ来たって大迷惑だけれど、いくらなんでもこんな日に来なくたっていいのに。