生活綴られ方練習

大人の修学旅行

せっかく松本にいる間に長野県の色々を見ておこうと思いながら、4年も経ってまだまだ行けていない所が多い。今回は千曲市と長野市の松代という地域を主に巡る。かつては埴科郡だったエリアだ。はにしな、声に出したくなる地名だ。千曲市は、「科野の里歴史公園」内にある長野県立歴史館と市立の森将軍塚古墳館という博物館をまずは目指して。長野県立博物館も、広く山に隔たれた信州の様々な顔が見られて充実していたが、特に大きな期待をしていたわけでない森将軍塚古墳館が予想に反して面白かった。というか、復元された古墳のあっけらかんとした大きさと、そこからの眺望に心が楽しくなる。埴科古墳群の一つである森将軍塚古墳は、長野県で最大の前方後円墳で4世紀末に造られたものだそうだ。事前に読んだ解説に、支配者の思いが伝わってくる古墳というようなことが書かれていて、どういうことかと首を傾げていたが、確かに山の上にこんな大きなものを造って、てっぺんから人々の暮らしをしげしげと眺めるのはさぞ気持ちがいいことだろう。反面、古墳館に展示されている原寸大の石室を覗いてみると、洋の東西を問わず古の墳墓を訪れたときに感じる果てしない寂しさのようなものがあり厳かな気持ちになる。ここいら一体の墓を盗掘し回っていたという「塚掘り六兵衛」による、自分が来たときにはすでに誰かに荒らされた後だったなんてどこか牧歌的な証言も残っていて、何だか少し気が抜けた。閑話休題、隣接している「あんずの里アグリパーク」のお食事処で出している「森将軍塚古墳カレー」を皆に食べてほしい。埴輪に見立てたソーセージなどがあしらわれた古墳の形に盛られたライスを、シャベルを模したスプーンで掘り進めるという、言ってしまえば子どもじみたメニューなのだけれど、さりげないいたずら心のようなものに思わずくすりとさせられる。それにしても猛暑で、公共交通機関の衰退はこういう駅から遠い文化施設にとっても大変な問題だ。

予約したホテルのチェックインまでまだ時間がありそうなので、長野市にある水野美術館にも立ち寄る。きのこ生産量全国1位の長野県を代表するホクト株式会社の創業者、水野正幸氏が収集した日本画のコレクションが展示されている。横山大観、菱川春草を想像以上にお持ちのようで、おみそれしちゃう。涼し気な日本画でクールダウンしたら、また炎天下のなか松代へ向かうバスの出る停留所まで歩く。同じバス停で降りた外国出身と思しき方が小さな子どもを2人も連れ、ベビーカーと大きなキャリーケースを抱えているものだから声を掛けると、そんな予感はしていたが同じホテル。住んでいる東京を脱出してきたという彼女は1週間ほど滞在するらしく、ワーケーションというやつか。良き滞在でありますように。

翌日は松代の町を観光する。廃線になった鉄道駅に置いてあるガイドマップには色々な観光地が同じサイズの枠で紹介されているのだけれど、ここはもう何といっても松代地下壕が圧倒的です。太平洋戦争末期、サイパン陥落により本土決戦がいよいよ迫っていると考えた日本は、松代にある3つの山の地下に巨大な空間を造り、陸軍大本営や政府機能、皇居などを移そうと計画します。「地下壕」と聞いて思い描くよりも何倍もの広さがあり、地下都市を本気で造ろうしていた当時の人々の考えに頭がくらくらする。結果的に一度も使われることのないまま敗戦を迎えることになったこの地下壕。あまりの急ピッチで掘り進めるために、おびただしい数の人々が過酷な労働で命を落としている。関連する施設の設置や計画の秘匿を名目に、土地を奪われた近隣住民も少なくないという。事の壮絶さや荒唐無稽さに比して、あまり広く知られていないようで、かくいう僕も全然知らないことばかりで唖然としてしまう。3つの地下壕のうち唯一公開されている象山地下壕の入口すぐ隣に「もうひとつの歴史館・松代」というボランティアで運営されている施設があって、強制連行や強制労働、そして慰安所についてなど様々な資料を見て学ぶことができる。いくつか本も手に入れた。

何だか大人の修学旅行みたいな旅程になってしまった。提出する感想文の締めくくりはきっと「もっと学ばなくてはいけないと思いました」。

< 前の記事へ