毒山凡太朗さんのトークイベントを聞きに、はるばる京都から先輩を拉致してまで広島に行ったのに、楽しく泥酔してしまっていたものだからトーク中ほとんど爆睡で、凡ちゃんにも久しぶりに会った学芸員さんにも京都の先輩にも悪いことをしてしまった。
小雨の降る鴨川ではヌートリアがまるで自分にしかできない仕事に精を出すように草を食んだり、川の流れに流されているのか泳いでいるのか分からないやり方で移動したりしていた。
国立民族学博物館はラテンアメリカのアルテポプラルの展示で、オアハカの人たちによる大きなものへの抵抗としての表現が、その地域の人たち誰もにとって手に馴染んだ手法を用いることで、一人ひとりの作品としては拙くささやかなものなのに、全体として一つの大きなムーブメントとして生起してくるような内容で、そのことの凄みに舌を巻く。
久しぶりに会った「本と自由」の店主が相変わらずなのが嬉しくて、久しぶりに会う人と話すような会話を久しぶりに会う人のようにした。
宣教師をしているお父様のために浦地思久理さんが描いた絵を観に行って、浦地さんの洗礼名がドロテア・タニングと同じドロテアだということを知る。
台風が近づいているというのに大阪から九州へと向かう瀬戸内海の夕暮れ時はあまりにも心地よくて、これだからフェリー旅行はやめられない。
初めて会った、かつて維新派でパフォーマンスをしていた人が、帰り一緒になった電車の中で「あの頃が人生で一番楽しかったなあ」と懐かしんでいて、そんなことは絶対ないはずなのに遠い目をする人の目というものを初めて見た気がした。
実は、周りにふたご座の人が多い気がする。