生活綴られ方練習

先週の木曜日

富山県の利賀村からの帰り道、行きも帰りも同じルートでは味気ないと思っていたら、新潟県糸魚川市の糸魚川駅と我らが松本駅が大糸線で結ばれていること、新幹線自由席の特急料金は一駅区間のみであれば案外と安価であることを思い出し、それならばせっかくの富山県、海の幸も賞味したいと考え、魚津市に一泊しようと思い立った。このルートなら富山地方鉄道の新魚津駅から新黒部駅まで20分弱で530円、隣接する黒部宇奈月温泉駅から糸魚川駅までの北陸新幹線が15分弱で1560円、大糸線に乗り換えて松本駅までは電車のタイミングにかなり左右されるものの3時間強見て1980円と、まあ悪くない。大糸線の新潟県側には初めて乗ったが、民家も見えない深い山の中にトンネルなどの巨大な人工物の遺構が突如現れたりする歴史が気になる景色で、好きな人は好きなんじゃないかと。南小谷駅―糸魚川駅区間は存続の危機らしいので、ぜひ乗ってみてください。富山地鉄の新魚津駅から富山市街地の電鉄富山駅まで乗っても1200円なので、松本から富山へ出かけるときにも使えそうです。

魚津市には現存する日本最古の水族館である魚津水族館、通称「うおすい」があり、宿泊地を魚津にした理由は海鮮よりも実はこっちの方だったりする。何だかたっぷりとした水と、その中をゆうゆうと泳ぐ生物を見たい気分だった。近くには国の天然記念物である埋没林を扱った魚津埋没林博物館もあって、こちらも普段なかなか見ることの叶わない景色を間近で見ることができ面白い。ここ魚津の埋没林は、川の氾濫による土砂でなぎ倒された樹木の根っこだけが砂に埋もれ、その後に海面が上昇したことにより海の底に樹根だけが残ってしまったと考えられているそうで、海底なのにこんこんと湧き出ている湧き水に護られるようにして、腐りもせず2000年前のスギの原生林の姿を今に伝えているのだから不思議というか何というか、スケールの大きさに思考がついていかない。立山連邦と富山湾に挟まれたこの土地の特異性に改めて興味が沸く。

日本で一番古い「うおすい」は、サイズも可愛らしくちょっと水族館に行きたいときにちょうど良い。それでも展示に工夫が凝らしてあって充分に楽しい。今は珍しくないアクリル製の水中トンネルを世界で初めて導入したのもこの水族館らしく、山椒は小粒でピリリと辛い、小さいながらもパイオニアのようです。「バックヤードコーナー」では、水族館の展示の裏側を見ることができて、これまた興味深い。ボウズイカは数ある頭足類のなかでも可愛い方だった。それにしても海の生物というのは、どうしてかくも不思議な形をしているのだろう。リュウグウノツカイの剥製展示にあった説明によると、この謎の巨大生物の脳みそは非常に小さいのだそうで、「龍宮というのはよほど楽しい所に違いない」などと馬鹿馬鹿しいことを考えたりしていた。

英語の「aquarium」という言葉を造り出した19世紀イギリスの博物学者フィリップ・ヘンリー・ゴスなる人物を知ったのは、たしか『水族館の文化史』(溝井裕一、勉誠出版、2018年)を読んでいてのことだったと思う。チャールズ・ダーウィンの『種の起源』がまさに出版されようとしている19世紀半ばにあって、最新の地質学にも造詣の深いゴスは、さりながら敬虔なキリスト教徒でもあったようで聖書の記述と最新の科学とを何とか和解させようと思案を巡らせていた。旧約のなかで語られる天地創造よりも、この地球は明らかに年齢を重ねている。この矛盾を解決するべくゴスが提案したのが「オムファロス説」という妙案というか珍説というか。神が天地を創造したのは聖書の通り、ただし神は同時に、あたかも以前から世界が存在したかのようなかたちで創造した、と。(まるで前からそこにあったかのように)光あれ!ということでしょうか。神が人を欺くようなことを何故するのかと、当時から全く受け入れられることのなかったオムファロス説ですが、後にバートランド・ラッセルなど哲学方面に影響を与えたようで、なかには「木曜日創造説」などという愉快なパロディまでがある。いわく、この世界は先週の木曜日に創造されたのであって、それ以前の記憶と思えるものも神が創造したのです。たしかに反証できない。僕の記憶がどうも覚束ないのは、ことによると創造主が少し手抜きをされたのかもしれません。

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