長野県立美術館にて展覧会『とびたつとき―池田満寿夫とデモクラートの作家』を観る。芥川賞作家でもあり、テレビ番組にもよく出演してお茶の間での知名度も高い池田満寿夫については、富岡多恵子との関係だったり、画業とはあまり関係のない話題があまりに豊富で、作品をまとまって観るということを、そういえばしてこなかった。浅学寡聞にして、旧満州国の奉天(現在の瀋陽)に生まれた池田の戦後の生活の拠点が長野市にあったことも今回初めて知りました。多岐にわたる活動の、1950年代から1966年頃までの池田満寿夫作品とともに、交友のあった作家の作品を紹介しようというのが本展の骨子でありましょう。必然的に1951年に大阪で結成された「デモクラート美術家協会」の作家が中心になるわけですが、中心的作家だった瑛九や「虹」表現を我がものとする前の靉嘔、吉原治良の縁戚で「具体美術教会」の設立にも参加するもその後はデモクラートの作家となる吉原英雄などの、今まさに飛び立たんとする若々しい才能が観られて満足でした。特に、「デモクラート美術家協会」解散の契機ともなった『第1回東京国際版画ビエンナーレ展』での新人奨励賞受賞を果たした泉茂の、叙情的な作品に見とれてしまう。長野県立美術館と同様に池田満寿夫作品を多く蔵する広島市現代美術館や、版画コレクションが充実している和歌山県立近代美術館からの出品が多数。京都で観た走泥社の展覧会でもそうだったけれど、1950年代半ば頃の作品が最近の僕にとって気になっているようです。
ビッグネーム過ぎてどこから手を着けていいか分からない池田満寿夫の展覧会を観にわざわざ長野市まで出かけたのは、長野県立美術館に結局まだ一度も行ったことがないということもあったけど、東京駒込のギャラリー「ときの忘れもの」から招待券をお送りいただけたというのが直接のきっかけ。青山にあったころから好きな画廊で、貧乏人なのでなかなか作品には手が届かないけれど、海老原喜之助の古い画集や、ときの忘れものから発刊されている書籍『トリシャ・ブラウン―思考というモーション』(岡崎乾二郎監修、2006年)など好きな作家に関する本を買っては、ほくほくとした気持ちになっている。招待券が届いたのも先日の展覧会ハシゴの合間に寄った『Art Fair Tokyo』で限定版『倉俣史朗 カイエ Shiro Kuramata Cahier 1-2』という、天才デザイナー倉俣史朗の限定本を買い求めたからでした。大好きな倉俣史朗の版画集に、これまた大好きな堀江敏幸さんがエッセイを寄せているものだから、これを僕が買わずして誰が買うというほどの気持ちにまでなって、種々様々な欲望が蠢く感じがあまり得意でないアートフェア会場に潜り込んだのでした。ゼロの数が3つも4つも違う作品がたくさん売られているなか、限定版とはいえ本1冊買っただけの僕にもご丁寧に対応くださり、そのような次第で先の招待券を含めた折々の案内状が松本の拙宅にまで届くようになってしまったのです。11月18日からは倉俣の個展『倉俣史朗のデザイン―記憶のなかの小宇宙』が世田谷区立美術館にて始まるので、今からとても楽しみです。
快晴続きの松本はとても気持ちが良くて、この日も早起きしたのですが、なんだかだらだらとしているうちに良い時間になってしまって、併設されている東山魁夷館は時間切れで観ることが叶わなかった。美術館からの帰り道、善光寺から長野駅へと下る坂道から見た夕空は薄靄がかったほの暗い桃色で、「東山魁夷みたいな景色」だから東山魁夷館に行けなかったのも別に良いかと思うと同時に、「東山魁夷みたいな景色」ってそこそこの頻度で見ているかもしれないなとも思った。