年末にある取材の下見を兼ねて、名古屋のメニコンシアターAoiに行った。観た芝居はルドルフ『その犀はひとり行く』。平家物語にも描かれる平重衡をモデルにした主人公が、自ら望んだわけでもない戦で人を殺めなければいけない境遇をかこちつつも、戦場において武勲をあげることに心が昂っていることも自覚し、その矛盾に悩み、苦悩し続けたからこそいまわの際で解放されるというのが大きな筋だろう。作品が目当てというわけでなく、劇場を見るのが主眼という失礼な観客だった僕にとっても非常に楽しめる、良い意味でのエンターテインメントだった。ルドルフもだし、劇場の芸術監督を務める山口茜さん率いるトリコ・Aも僕が学生時代から京都で活動していたから名前は知っていたけど、あの頃どうして僕は作品を観ていなかったんだろうか。
平重衡が処刑される前に法然和尚と会っていたという逸話が作品着想のもとになったと、アフタートークでルドルフ主宰の筒井加寿子さんが話していた。重衡というのはどうも不思議な人で、いくつもの寺院を焼き払った容赦なく残酷な勇将とされながらも、平時には人に対する気遣いに溢れ冗談なども話す親しみやすい好青年としてのエピソードも数多く伝わる。そのような人間らしい一面を持つ人物が、自らが置かれた立場をまっとうするために能力を発揮した結果、多くの人を深く傷つけてしまうというところに、物語の普遍性を感じる。能楽師の浅見真州が復曲した能『重衡』は、毎度おなじみ諸国一見の僧に対して重衡の霊が供養を頼むも、仏に救われるかと思われたすんでのところで修羅の道へと舞い戻ってしまうという筋書きだが、なすべきことをなしたがゆえに他人を傷つけてしまうという誰しもが経験しては覚える後悔の念を、重衡をモデルにした人物に託して救ってやりたいと思ったのかもしれない。
それにしても「平家物語」というネーミングはいつごろ誰によって言われ始めたのだろう。平家の栄枯盛衰を描いた物語だから「平家物語」というのは素直だとしても、日本文学史に詳しくない人が源氏物語を平家物語と対になる源平の軍記物語だと誤解してしまっても無理からぬことかと思う。つくづく呼称というのはいい加減なものだと考えてしまうのは、名古屋からの帰り道に豊橋名物のちくわを買ったからで、鉾のようなかたちの蒲の穂に似ているから「かまぼこ」と呼んでいたはずの魚肉練り製品を、後から誕生した「板かまぼこ」と区別するために「竹輪かまぼこ」→「ちくわ」として、「かまぼこ」の座から追い落としてしまうのだから。ケータイが生まれたことにより「固定電話」と呼ばれるようになった電話や、リモートじゃない「対面会議」と同様に、レトロニムの一種であるに違いはないけれど、今「かまぼこ」といって「竹輪かまぼこ」を想起する人はあまりいないだろうから、より一層ちくわが不憫でならない。かつてのペンギンなどもそう。いったい何の話をしているのだろう、平家はどこに行った。諸行無常だ。