年の瀬だというのに取材で名古屋出張をすることに。午前中にインタビューを終えて、今年もほとんど仕事納めだから景気よくやろうと入った蕎麦屋で、ものすごく久しぶりに『季刊 新そば』を見かけて手に取る。学生時代はよく友人と連れ立って蕎麦屋を巡っていて、その時代に知ってからというもの見つけるたびに持ち帰って読んでいる雑誌だったけど、久しく見ていなかったので懐かしくなる。小説家や音楽家、俳優など様々な文化人による蕎麦にまつわるエッセイが載っていて楽しい。全国の名店を紹介する記事のほか、インタビューシリーズ「ちょっとおそばに」(ご丁寧にも「おそば」には傍点がふられている)や、読者からのお便りコーナー「拝啓ご麺」などもあり、読み応えとも違うけれど蕎麦きっかけでなければ知ろうとしなかっただろう情報が入ってくるのが面白い。「何でそんなこと知ってるの?」と呆れられることが多い僕だけれど、こういうところから得ているものも少なくなかったのだろうと思う。1960年創刊の『季刊 新そば』を発行しているのは北白川書房というところで、京都でよく見かけていたものだから、てっきり京都の北白川にある版元なんだと思い込んでいて、名古屋市の出版社であることを初めて知ってその思い込みの強さに驚く。編集に携わりたい雑誌1位です。
将来的にものすごく儲けることが万一あったら蕎麦屋をやりたいとずっと思っている。決して自分の納得のいくこだわりの蕎麦を打ちたいとかではなくて、蕎麦屋という空間で呑むのがただ単に好きだからという理由です。古民家に民芸調の、かつてならどこの町にもあったろう普通の蕎麦屋。店には小さな中庭もあって、その中庭の奥まったところ店内からは見えないところに地下へと続く階段、階段を下りた先にある重い鉄の扉を開けるとズンッズンッと重低音が鳴り響いていてクラブになっているというのが理想。年寄りが日も高いうちから一杯ひっかけている渋い蕎麦屋に、若いキッズたちがシャレ込んで押し寄せる景色というのは面白かろうと思う。ちょっと早めに着いてしまった子が、手持ち無沙汰に『季刊 新そば』のページをパラパラめくっていたりして。大学進学とともにこの街に移り住んだハイティーンなどを「なんか上級生ら、やたら蕎麦屋の話してんな?」と戸惑わせることができたらひとまずは成功です。このプロジェクトに共感してくれる出資者様につきましては常に募集しておりますので、ぜひご一報を。
名古屋に行く前日に、東京から遊びに来てくれた夜行性の友人と一緒にGive me little more.納めをする。まだインタビューも残っているし、あまり年末らしく感じられないなと思いながら酒坏を重ねていたけれど、帰っていく人たちに「よいお年を」と挨拶しているうちに今年ももう終わるということがにわかに現実味を帯びてきて、何というのかあの年越し特有の少し温かな気持ちが芽生えてくる。形骸化した定型句でも何度も口に出していると本当にその気になる、そういうことがとても不思議だなといつも思う。こんな分かりづらいテキストサイトを読んでくれている人が本当にいるのか毎度まいど心細い気持ちなのだけれど、もしもこれを読んでくれている奇特な人がいるのなら、どうぞよいお年をお迎えくださいと心から祈っています。来年はきっと絶対いい年になりますよ。