生活綴られ方練習

スフォルマートな話

2月1日からイタリアに来ています。

9日。翌日からヴェネツィアなので体力温存のためのんびり過ごす。大学の試験期間なのか、オブラーテ図書館なども混み合っているため日中は宿で仕事など。夕方からサンタンブロージョ広場やチョンピ広場を散歩しつつ「La Cucina del Ghianda」で夕食をとる。店名の「ギアンダ」とはイタリア語で「どんぐり」のことで、丁寧なサービスながらも「どんぐり」の名にふさわしい親しみやすい雰囲気。イタリアのメディアに取材されているのをGoogle翻訳で読むと、「どんぐり」というのはシェフのあだ名で、彼は元々医師だったそうだ。気取ったところのないクラシカルな雰囲気のお店なのに、メニューにCBT(低温調理)の肉料理など新しい技術を利用したものがあったことにも何となく納得がいく。「スフォルマート(sformato)」という、生地のないキッシュのような料理がおいしい。イタリア語で接頭辞「s」は反対の意味を表すようで、「formato」は英語の「format」や「formation」などのそれであろうから、文字通りまとまりや形のない料理だ。

10日。意図せずカルネバーレ(謝肉祭)の時期のヴェネツィアに逢着する。観光客でごった返している上に、街中すべてがフォトスポットみたいなものだから、前を行く人が急に立ち止まっては自撮りを始めたりするので、急ぎ足では行かれない。でも複雑に張り巡らされた運河と狭い小路が織り上げる景色が美しくて、そんなのもまた楽しく思える。にっちもさっちも行かないような不便さを、時に協力して解決したり、やっぱり解決できなくて諦めて笑い合ってみたり、そういうことを面白がっているところがイタリアの人々にはあるのかもしれない。サンマルコ広場で大聖堂の壮大さや群衆の活気に気圧されながらも、ここだけは見逃してはなるまいとペギー・グッゲンハイム美術館とマリアノ・フォルチュニの美術館に。前者は20世紀美術の教科書みたいなコレクションで、畏れ入りますといった感じ。後者は、フォルチュニが気に入って自分のアトリエにしたというペーザロ宮殿をミュージアムにしたもので、有名な服飾だけでない、絵画や写真、舞台美術など、およそやりたいと思ったことは全部やった感のあるフォルチュニの多才さに驚かされる。名門芸術家の家系の出といったって限度ってものがあるでしょう。日本のガイドブックなどにはあまり大きく取り上げられないようですが、とても楽しめる内容だと思います。

11日。サンマルコ大聖堂は今日も混雑で入れなさそうなので、国際現代美術館「カ・ペーザロ」に行ったり街を散歩したりして過ごす。カ・ペーザロは東洋美術のコレクションも充実していた。あと建築家のカルロ・スカルパが仙台で没していたことを知る。イタリアでも図抜けて物価の高いヴェネツィアだからと心配していたけれど、「バーカロ」という文化に助けられた。立ち飲みもできる気楽な居酒屋といった具合で、朝から開いているお店もある。「チケッティ」と呼ばれる簡単な軽食も一つから注文できるので、リストランテやトラットリアでものすごいボリュームの食事に高い金額を払うことを回避できるという点でも、食の細い日本人にとっては重宝するだろう。代表的なチケッティの一つに「バッカラ・マンテカート」というヴェネツィアの郷土料理がある。塩漬けにして干した鱈「バッカラ」を水で戻してよく練り、パテ状にしたもので、パンに乗せて食べることが多いようだ。日本でも塩鱈を使ったレシピで作っている人がいるので、日本に帰ったら真似してみようと思う。

12日。フィレンツェに戻ってきて、サン・ロレンツォ教会とメディチ家礼拝堂を見学する。何かの小説で知ったのだったか、小さい頃にメディチ家に少し興味を持っていたのはどういうわけだったか今ではまったく思い出せないけれど、「君主の礼拝堂」などは陳腐な表現ながらまさに息を呑む美しさだ。サン・ロレンツォ教会ではフィリッポ・リッピが描いた「受胎告知」も観られる。聖ロレンツォこと、ローマのラウレンティウスは、キリスト教がまだ禁じられていた時代の殉教者だそうだが、火あぶりの刑に処された際、「こちら側は焼けたから、もうひっくり返してもよい」と語ったというのはWikipediaで知った逸話。コメディアンの守護聖人になっているのもうなずける話だ。サン・ロレンツォ教会の近くには中央市場もあって、昼食としてランプレドットに再チャレンジする。中央市場は、随分と観光客向け化が進んでいるようで、2階はまるっとフードコートになっている。ちょっとお酒を飲んだりつまんだりして一休みしたいときには便利かもしれない。

13日。アルノ川を渡り、高台にあるサン・ミニアート・アル・モンテ(San Miniato al Monte)教会へ。教会自体の清冽さもさることながら、この日はたまたま建物の修復作業が行われていて、その作業風景を覗き見ることができて興味深かった。張り詰めた厳かな雰囲気の教会内から外に出たとき、眼前にぱっと広がるトスカーナの景色の晴れやかさが気持ち良い。夕焼け時には大勢の人で賑わうミケランジェロ広場よりもさらに高い位置にあるこの場所では、フィレンツェの街を一望することができる。イタリアに来てそろそろ2週間になるが、町並みを見下ろすということをまだしていなかった。ドゥオモやサンタクローチェ教会、シナゴーグ、アルノ川にかかるヴェッキオ橋など、高いところから眺めると街が立体感を持って全体像を結んでいき、ようやくフィレンツェに来た実感が湧くような心地がした。

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