元同僚が育児休暇を取得しているため、いつも以上に人手不足に陥っているメディアを、元社員である縁でここのところ手伝っているのですが、ここ数日は新規スタッフ採用のための面接にまで参加していて、こんな職業不詳のフリーランスが採用をする側にいるのだから不思議な気分です。実を申せば、業務委託で関わる別企業でも面接に参加したことがあり、げに世の中には色々なキャリアを積んできた人がいるものだなと感心する。それにしても、日本では職務経歴書よりも履歴書を重視するようなところがあるようで、そのこと自体に特に強い不満はないのですが、履歴書のフォーマットに顔写真やら生年月日やら現住所などまで記載する欄が設けてあるのは随分とアナクロニスティックに感じます。書類選考において顔写真の類はまったくの不要だし、年齢や住所などのプライベートなことがらについても、学歴や最寄り駅などで十分に知りたい情報は得られるのではないでしょうか。自分で履歴書を作るときなどは、そのあたりを省いたものをしれっと出すようにしていた。HTMLとCSSで組めば、tableタグで欲しい欄だけ簡単に作れるので便利です。
編集・執筆業務を主に手伝っているわけですが、編集というものが一体どういった作業を指しているのか、いまだによく分からないところがある。「編集やってます!」なんて堂々と宣言できる人というのは、よほど凄い人であるか、そうでなければ他人の書いた文章を取り扱うということを随分と軽く捉えているのではないか。それに比べると執筆というのは、こと文芸というものをいったん脇に置いておけば、なすべきことが相対的にはっきりしているように感じます。新しく採用する人たちのなかには、職業として執筆した経験をほとんど持たない人もいるので、初めのうちはかなり懇切丁寧にコメントを入れるようにしていて、なぜこのように修正した方がよい文章だと思われるかについてを、やはり文章で説明する経験は、実際かなり自分自信で文章を書く上でも役に立っていると思う。本当にシンプルないくつかのことに気を付けてさえいれば、名文とまではいかなくても少なくとも悪文になることを免れ得るということは、『悪文 ─裏返し文章読本』(中村明、1995年、筑摩書房)から学んだことです。
日本語学者の中村さんによるこの本は、その後2007年にちくま学芸文庫としても刊行されていて、僕もそちらを持っていたのですが、おそらくは誰か友達にでも貸してそのままになってしまっているようで手元にはない。版元在庫もないそうなので、幸運にも書店で見かけたら買っておきたいと考えている。この1冊あれば、まったくひどい文章を書いてしまって恥ずかしい思いをすることは避けられるはず。とはいえ、文章の内容が面白くなるかはまた別の話なので、それについてはご勘弁を、という感じで不安なまま執筆業を続けています。実際、原稿段階では文法も崩壊していて読めたものでないのに、それでも頑張って執筆者が何を言おうとしているかを真剣に読んでいくと、とても充実した内容で面白いということは少なくない。そういう力のある悪文を、パズルを解くように並び替えたり単語を入れ替えたりして、読みやすい自然な文章に組み立てることができたときは、我ながら良い記事を世に出せたと少し得意な気分になります。これを編集と呼ぶのであれば、それは結構なことだと思いますが、担当するすべての記事でそこまでのことをできるかというと、今関わっているメディアにおいては求められているスピード的にもリソース的にも難しいように思う。膨大な量の記事が日々リリースされるウェブメディアの世界では、どこも難しいのではないかと考えてしまう。