マレーシア料理を作ろうと思い立ち、白米をココナッツミルクで炊く「ナシレマ」と、ボルネオ島先住民族の料理らしい「ヒナヴァ」のレシピをインターネットで探し訪ねる。生魚を酸味の強い柑橘でしめるというヒナヴァの方は、カツオの刺し身とゴーヤにライムを使ったレシピが見つかったので、そちらを参考に。ナシレマについては色々なレシピを見比べて、ジャポニカ米で僕の舌にも合うようにアレンジを加えた。マレー料理というと、イスラームの教えでお酒を飲まないからか、甘ったるい印象があるのだけれど、甘さは控えめにしてアンチョビペーストで作ったサンバルソースが美味しくできた。「ナシレマ」「ナシゴレン」の「ナシ(nasi)」はマレー語で「米」の意。「イカン(ikan)」と呼ぶ「魚」と合わせて、「めしはナシ、魚はイカン」と、旧日本軍は覚えたのだそうです。ちなみに「ゴレン(goreng)」は「炒める」を意味していて、ナシレマにはサンバルのほか、キュウリとニンジンの「アチャールゴレン」も添えた。「サンバル」「アチャール」と、インド料理でも耳にする料理名があるのは、大英帝国の植民地時代だった由なのか、もっと古い時代からの交流の結果なのか、東南アジアの歴史や文化に暗い僕には判断がつきません。
イギリス支配下の東南アジアといえば、「8月ジャーナリズム」だからというわけでもないのだけれど、久しぶりに映画『ビルマの竪琴』を観る。市川崑監督によって2度の映画化が実現した本作だが、今回観たのは三國連太郎主演の1956年版。音楽は伊福部昭が担当している。この作品が出世作となった安井昌二の扮する水島上等兵が現地の楽器「サウン・ガウ」で演奏するイングランド民謡『埴生の宿』に、銃撃ではなく歌声で応えるイギリス・インド軍との接触シーンが印象的だ。前線を挟んで、両国の陣営は同じ歌で疲弊した心を慰めている。水島上等兵を中井貴一、井上隊長を石坂浩二が演じる1985年版も観てみたい。
自宅で映画を観るときは、プロジェクターに直接HDMI端子で繋げるのが愉快で、スティックPCで再生することがよくある。一般的なUSBフラッシュメモリより一回りほど大きい程度のこのPCは、スペック的にはおもちゃのような代物だが、ライブ配信などでない映画のサブスク上映ならばそれほどストレスには感じない。OSは、Linuxのコアになる部分以外に諸々のアプリケーションなどをセットにしたディストリビューション「ubuntu」をインストールしている。「ウブントゥ(ubuntu)」とは、主に南アフリカなどで話されるズールー語で「他者への思いやり」や「あなたがいてくれるから私がいる」「普遍的な絆」といった意味を持つ語だそうで、人間が人間たるための条件として課せられる倫理と説明されることもある。いつだったか、ネパール料理屋に行きたいと思って、日本きっての多民族タウン新大久保をぶらついていたとき、簡体字で書かれた「乌班图」という文字を見かけた。数刻の後に、それがウブントゥの音訳であることに気づきびっくりしたことを時々思い出す。文化が入り交じるところに、いつも惹かれている。