先日の蒲田温泉で再会した友人が松本に遊びに来るというのに朝からの土砂降り。日帰りというので、短い時間に養命酒でおなじみの和ダイニングくらすわやエオンタなどを詰め込む。よく食べて、よく飲む友人で良かった。MARKING RECORDSは必須として、雨も上がったので街を散歩がてら旧開智学校や松本城など、松本の国宝を巡る感じになり、そういえば琵琶湖疏水が国宝に指定されたねなんて話も。どうしても京都の話題に花が咲く。
京も大坂も西日本はやはり水運の街なのだと感じるが、明治に造られた琵琶湖疏水だけでなく、木屋町を流れる高瀬川も京の中心部と伏見を結ぶため江戸時代に角倉了以・素案の親子によって引かれた運河だ。一時期はほぼ毎日この川を目にしていたこともあり、そのほとりに立てられていた解説看板で知った親子の名前を古本屋で見かけたものだから、今もうちの書棚には朝日評伝選の『角倉素庵』(林屋辰三郎、1978年、朝日新聞社)が並んでいる。同書が述べる通り、父の名声の陰に隠れて存在感の薄い息子ではあるが、本阿弥光悦に師事した能書家として名を残すほか、林羅山を藤原惺窩に推挙したともあるので、儒学の歴史にとっても意外と重要な人物なのではと思う。都と伏見も繋ぐし、惺窩と羅山も繋ぐ。久しぶりに本をぱらぱらとめくっていて、学生時代には全然ピンと来ていなかった人名や歴史的な背景が少しは分かるようになっていることに、愚才ながらも多少は成長をしているのだなと、こういう気持ちは何と言ったか、安堵というのか開き直りというのか。件の友人も翻訳者としてまさに成長しているただなかで、今後の活躍も楽しみにしたい。ちなみに今インターネットで調べていて出てきたブログによると、琵琶湖疏水を整備した田辺朔郎という人物は戒名に「了以」の文字を望んだそうで、僕の気まぐれな連想というだけでなく、琵琶湖疏水と高瀬川はちゃんと繋がっていたらしい。
川や水路というものは、陸の上を歩くだけの人間からすると陸地を分断しているように見えるのに、その実より遠い土地を結びつけているのだから面白い存在だと思う。運河というと合衆国大統領の発言もあってパナマ運河が注目を浴びているけれど、大西洋と太平洋を繋ぐ存在というのは物流の観点から極めて重要なもの。実際、使用料の高騰やパナマックスと呼ばれる船舶のサイズの制約が問題視され、中米諸国では第2のパナマ運河を作ることで莫大な利益を上げようという計画が多々持ち上がっているようです。なかでもホンジュラスでは、太平洋側のフォンセカ湾にあるアマパラにパナマックスを超えるコンテナ船も使用できる港を整備しようとしていて、これが実現すればアマパラ港で荷を積み下ろし、陸運で大西洋側のコルテス港に運ぶというルートが選択肢として生まれるというのだ。ピカピカに整備されたアマパラ港で、ロボットを導入するよりも安いからという理由で雇われる沖仲仕たちの物語を勝手に夢想したりしている。
陸と海とを繋ぐのは波打ち際、つまり渚で。ライター仕事でもずっとお世話になっている人のウェブサイトについて、作ってほしいと頼まれてはや数年たつもお忙しい人なのでテキストや画像などの素材がなかなか揃わず、それでも名刺にURLを刷ってしまったと言うのでロゴだけペタッと貼っただけのページをとりあえず作りますか?と。さすがにロゴだけだと淋しいなと思って、その渚にやって来たらしいクジラをぷかぷかと漂わせてみた。URLはnagisato.jpですので、どうぞご笑覧くださいませ。今書いていて思ったけど、波打ち際のクジラってアンナ・ハルプリンの本で読んだような気がする。