生活綴られ方練習

甲斐路

途中下車しながら東京に向かいたかったのに、Suicaの利用エリア拡大にともない、JR東日本が設定している東京近郊区間が大糸線の穂高駅にまで広がっていて、北松本駅からの切符でも途中下車無効になってしまった。鈍行のんびり旅行の楽しみがどんどん減っていくのが淋しい。甲府駅から八王子駅までは「かいじ」に乗った。

甲府駅に立ち寄りたかったのは、つい先日Give me little more.で話したお客さんが能面作りを習っているとのことで、その発表展示会が山梨県立美術館で開催されていたから。甲府駅からも距離のある同館には行ったことがなかったけれど、喫茶店でモーニングを終えると雨も上がっているので、美術館までの道を歩いていく。川沿いの桜並木に俳句や短歌、川柳などがびっしりとかけられていて、道路には雨上がりにふさわしい大きなカタツムリも這っている。

能面の良し悪しを判断できる目は持ち合わせていないけれど、同じ面でも打つ人によって目つきや唇の開き方など細部に違いがあって、見比べるのが面白い。今年の課題作は「蝉丸」。謡『蝉丸』ではタイトルロールなのにシテツレである、盲目の少年「蝉丸」がつける面だ。『能のデザイン』(増田正造、1976年、平凡社カラー新書)には、ある若手のシテ方を侮った囃子方が「今日はどのような位で?」と試したところ、そっと面を差し出されてやり込められたなんてエピソードが紹介されているが、ことほどさように能面とは舞台を支配するものだそうです。

都心に近づき、府中市美術館では『橋口五葉のデザイン世界』を観る。「新板画」など五葉の仕事を幅広く紹介しているが、夏目漱石の『吾輩ハ猫デアル』をはじめとした装幀の作品がやはり観ていて楽しい。会場で配布している五葉装幀の名作を紹介する双六は、裏側には実際の表紙の図案がプリントされていて、公式の展覧会図録のブックカバーとして使えるようになっている。表紙の図案は複数パターンから選べたので、「胡蝶本」の愛称で人気を博した、籾山書店から出版された泉鏡花『三味線堀』に始まる一連の近代文芸書で使われていたものを頂戴した。

籾山書店というと、永井荷風との関係から刊行していた『三田文学』が知られるが、今Wikipediaなどで調べていると、自身も俳人でもある創業者の籾山梓月の実父は、明治の初めに「陸運元会社」という飛脚問屋を集めた運送業を興したそうで、それが今の日本通運のルーツとなっているようである。そういえば昨年末には物流博物館に行ったななどと思い返しながら、自分でも意外なほどに物流の話がよく出てくるテキストサイトだと驚いている。特急「あずさ」に乗らなかった代わりに梓月が出てきたが、版木として使われたために「上梓」などの言葉のもとになった「梓(し)」という植物は、日本語で指す「あずさ」とは異なるらしい。

夜は、もう何年ぶりかも思い出せないKARAS APPARATUSで「アップデイトダンス」を観る。佐東利穂子さんソロの『悲しみのハリー』は、スタニスワフ・レム『ソラリスの陽のもとに』、および映画化されたアンドレイ・タルコフスキー『惑星ソラリス』に登場するハリーをモチーフにした作品。男女の愛という要素が強められた映画に比べて、原作小説はより掴みどころのない思弁的な作品だったと思うが、その両者ともまた異なる個人の存在や意識といったものに着目したアプローチのように感じた。会場前には、何年も前にさせていただいた佐東利穂子さんインタビュー記事がプリントアウトされたものが置かれていて面映ゆい。

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