生活綴られ方練習

24等分

立春です。暦の上では、つまり天文現象的には太陽黄経が315度になるので、問答無用に春ということ。昼の時間が最も長い夏至、夜の時間が最も長い冬至、同じ長さになる春分と秋分、さらにそれらを2分割した立春・立夏・立秋・立冬の「四立」も加えて、360度を45度ごとの8等分にする。春分点を太陽黄経の0度と決めているため、その45度手前の315度が立春になる。8等分くらいまでなら、誰にとっても分かりやすい話だけれど、もっともっと細かく分けてやろうと野望を抱いたとき、2倍の16で分けるか360度を見据えて3倍の24で分けるか。24で分けた二十四節気を、欲張ってまた3つに分けたのが七十二候です。3つに分けるのは、西洋占星術でもやっている。地球が太陽の周りを1周するのにかかるのは365日と約6時間だから、非行少年でなくとも暦を等分するのは難しい。

もともとは四立の前日すべてを節分、文字通り季節の分かれ目と呼んでいたが、春という季節のプレゼンスの高さが影響してか、次第に立春の前日のみを指すようになった節分に豆をまくのは、魔を滅するためだそうだ。青森県や北海道では大豆ではなく落花生をまくだとか、渡辺さんは鬼退治で有名な渡辺綱の子孫だから鬼も怖がって豆をまく必要がないだとか、そういう話が好きだ。源頼光に使えた、いわゆる「頼光四天王」のなかでも、謡曲の『羅生門』でも活躍する渡辺綱や、まさかり担いだ金太郎こと坂田金時に比べて、他2人の印象が薄いように感じるが、卜部季武は坂上田村麻呂の末裔ということらしい。この初代征夷大将軍の強さもまた、謡曲『田村』で観ることができる。征夷の夷とは、中華思想でいうところの東夷・西戎・南蛮・北狄の夷。「鬼」とは、いったい何を指す言葉だったのだろう。

何代遡ってみてもなかなか関西を出ない家庭で育ったけれど、幼い頃に恵方巻きの慣習はなかったように記憶している。コンビニやスーパーでは毎回毎回「今年の恵方は」などとやっているが、どうせ4パターンしかないんだからさっさと覚えてしまえばいいのに、といつも思う。「今年は丙午だ」と騒いだんだから、そりゃ今年の恵方が丙の方角です。たしかに甲・丙・庚・壬の年以外の恵方については少し考える必要があり、一筋縄ではいきませんが、そこまで大層なことでもない。今年については簡単で、丙の方角というのは真南から360度を24等分した15度だけ東に移した方角です。実に「火の兄(ひのえ)」らしい方角だと思いませんか。最近では、悪びれもせず「今年の恵方は南南東です!」とざっくりやっているのを見かけることも多くなりましたが、バカ正直にというのか未練がましくというのか「南南東よりやや南」と頑張って説明しているのもまだまだあって、面白く観察している。方角を24に分けて考えた「丙」を、16方位の言葉で表そうとするからこその労苦が見て取れて涙ぐましい。別に7.5度ズレているからといって、罰が当たることもないでしょうにね。

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