インタビューをした向井ひかりさんの個展『ザ・ネイムズ・オン・ザ・ビーチ』が週末までだったので、東京駅まで特急あずさで駆け込む。ご本人も在廊中で少し会話を交わし、インタビューで聞いていた話がこのように実現したのかとこちらまで感慨深い。縁起が良さそうだから行く先々で会った人に手土産として渡そうと買っておいた八幡屋礒五郎の七味梅茶を渡したら、代わりにとフラガールの町いわき市の「ハワイアンカレーせんべい」をもらう。ずっと前に誰かからももらったことあるなと思い出しながら「あ、常磐ハワイアンセンターの……」と口走るけど、常磐ハワイアンセンターは1990年にスパリゾートハワイアンズに改名していたのでした。時々、自分でも自分の年齢が分からなくなる。
歩いてすぐのCADAN有楽町で、LEESAYAが展示をしていたのでそちらにも足を運ぶ。田中秀介さんの個展『ゆきゆきてたたずみ合い』。パースのおかしな喫茶店の絵が良い。会場のゆるく区切られた別室では、宮林妃奈子さんの『このはのまど』も開催されていて、宮林さんにも昨年仕事で出会ったばかりだったので縁を感じる。これもBUGのお陰だ。会場には偶然LEESAYAのさやちゃんも在廊していて、期せずして会えたので嬉しい。七味梅茶を進呈しましょう。
大船に移動して、腐れ縁の友人と飲む。同じ店にいたマダム客が「私は東大よりも京大が好き」と熱弁をふるっていて耳をそばだてる。「飲みねえ飲みねえ、京大ってのはそんなに偉いか、江戸っ子だってね、そうだってねえ」と心の中の広沢虎造(2代目)が浪曲をうなる。気分良く酔っぱらって腐れ縁(言い方)のアトリエ兼住居に移動してもう一献。自分たちで色々と手を加えながら住んでいるという家が、相変わらずのセンスで感心しきりの夜。
翌日は海の近くの公園で花見を。大工日記の中村季節さんも少しだけ合流して、久々の再会があまり久々でもない感じの3人でまるであの頃の京都にいるみたい。夜は代々木上原に移動して、最近知り合ったというか再会したアーティストの井村一登さんらの展覧会『Will-o'-the-wisp』にギリギリで駆け込む。展示作家は2人とも1990年代生まれ、というと若く聞こえるけれど30代半ばで、一昔前なら脂の乗った世代といって差し支えないだろう。そりゃ僕も37歳になるわけだ。脂はもう少し乗せたいところだけれど。
ゴールデン街に移動していつものお店で飲んでいたら隣に座った人が見覚えのある顔。12年ほど前、まだ住んでいなかった頃の白金でパフォーマンスをしているのを観た記憶が蘇る。話しかけてくれたので、一方的に知っていることを知らせないで会話を続けるのはフェアじゃないと思い、そんな昔話を交わす。今まだ20代という彼女は、つまり当時はハイティーンだったということなのか。気が遠くなる話だ。12年後にまさかゴールデン街や二丁目で乾杯することになると当時の僕に話しても、そんな与太話を信じることはないだろう。「笑わせやがらあ、来年の話をすると鬼が笑うってんだい、12年先の話をしたら鬼は何て言って笑うんだい、今笑いように困っているじゃねえか鬼がよ」と12年前の僕の心の中の広沢虎造(2代目)が浪曲をうなった。