毎回なかなか時間が合わずシャンタル・アケルマンぶりになってしまった松本CINEMAセレクトで『墓泥棒と失われた女神』を鑑賞する。注目のアリーチェ・ロルヴァケル監督作品で、1980年イタリア・トスカーナが舞台。2月に訪れたイタリアで興味を抱いたエトルリアの遺跡も出てくる、ということで見ない理由はございません、と。ロルヴァケル監督は、まさにエトルリアと縁の深いフィエーゾレ出身らしく、フィレンツェからフィエーゾレまで行った思い出も懐かしく、その点にも親近感を覚える。ちなみに本作にも出演している姉のアルバ・ロルヴァケルは、フィレンツェ出身というプロフィールになっている。
原題の『La Chimera(キメラ)』は、ギリシャ神話に出てくる獅子の頭と牝山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ怪物のことだが、「望んでも果たすことのできない幻想、実現不可能な夢」といった意味もあるらしい。タイトルでエトルリア美術の傑作『アレッツォのキメラ』のイメージも喚起させつつ、古代エトルリアの遺跡を荒らして一攫千金を夢見る墓泥棒たちを中心に物語を描いている。主人公はイギリス人のアーサーで、仲間内からはイタリア語でアルトゥーロと呼ばれる彼は、俗っぽくもエネルギッシュな墓泥棒たちと対比的に、どこか厭世的な雰囲気をまとわせている。超自然的な力で地中深くにあるエトルリア遺跡を見つけることができるとされ仲間から頼られるアーサーだが、彼自身が探す聖杯が古代の宝物だけではないことが次第に明らかになっていき、映画はオルフェウス的な神話性を帯びながら幻想的に展開していく。
何かを探しているイギリス人だから「アーサー」とは安直なネーミングにも思えるけれど、その名前が持つ象徴性のようなものを重視しているのだろう。ヒロインの一人である貧しいシングルマザーには、移民であるのにというべきか移民であるからこそというべきか「イタリア」と名付けられている。邦題にある「失われた女神」に担わされたダブルミーニングのうちの一方を意味するだろう人物の名「ベニアミーナ」も二重性を帯びている。「ベンジャミン」などのイタリア語形「ベニアミーノ」の女性形なのだけれど、名前の由来となる旧約聖書に登場する人物は、難産で命を落とした母親から初め「ベニノ(我が苦痛の息子)」と名付けられたが、父親のヤコブによって「右側の息子」転じて「祝福された息子」という意味を持つ「ベニヤミン」と呼ばれるようになったそうだ。
イタリアらしい生々しい現実と、16ミリフィルムも交えた美しい幻想の映像が入り乱れる本作は、かといって決して重苦しいわけではなく、むしろ滑稽さも感じられる好ましい内容に仕上がっている。アーサーが超自然的な力で遺跡を探す方法も、木の枝でダウジングのようなことをしていて十分に胡散臭い。フェリーニなどの伝統のイタリア映画を思わせるシーンがあったり、ロベルト・ロッセリーニとイングリッド・バーグマンの娘イザベラ・ロッセリーニの古希を越してなお健在な姿を見られたりと、それだけでも楽しい映画です。実際、古代エトルリアには行けることならば行ってみたい。幻想。空想に溺れて現実的な処理能力を失い、役立たずの人になってしまいがちなので気をつけないと。