生活綴られ方練習

報道の自由

久米宏の訃報。TBSラジオの『久米宏 ラジオなんですけど』をよく聴いていて、ラジオでの印象の方が強いけれど、『ニュースステーション』の最終回でビールか何かを一人飲んでいたのは今も覚えている。「ラジオなんですけど」というのも、そもそもはラジオなんですけどテレビのことを考えるという番組名。徹頭徹尾テレビの人だったんだろう。何の因果か、総務大臣時代に「電波停止発言」をした人が首相をやっているタイミングで亡くなったのが、何だか虚しいほどに象徴的だ。該当発言のあった2016年と翌2017年、日本は世界報道自由度ランキングで72位を記録したのでした。時の権力におもねらず、おどけた調子で自由な発言を貫く姿勢が今はもう懐かしい。ご冥福をお祈りします。

体調も少し回復したので、今年最初の本屋へ。瀬戸金沢への旅行で久々に陶芸への興味が強くなっており、家にあった『やきものの里めぐり』(永峰美佳、2014年、JTBパブリッシング)をちまちまと読んでいる。さすがのJTBで、観光ガイドとして優れているのはもちろんのこと、色々な窯元で焼かれた陶磁器の写真が豊富で、アンチョコ本としても便利だ。味をしめて、図版があって便利なアンチョコ本として『面からたどる能楽百一番』(三浦裕子、2004年、淡交社)を買ってみる。昨年は面打ちの発表展示会を観に行って、能面を見ても使われる曲目がすぐ浮かばなくて悲しかったのでこれでお勉強。勉強不足は日々実感するところで、最近これまたすこぶる面白くて一編一編を大事に読んでいる奈倉有里さんの『夕暮れに夜明けの歌を』(2021年、イースト・プレス)で取り上げられていたミハイル・ブルガーコフを、そういえば読んだことなかったなと岩波文庫で『巨匠とマルガリータ』(水野忠夫訳、2015年、岩波書店)上下巻を。2冊セットで2000円以上もするので、値段はもうあまり文庫本のメリットとして考えられないのかも。石川九楊先生が装幀を手がけている(!?)「叢書・現代社会学」の『モビリティーズ・スタディーズ』(吉原直樹、2022年、ミネルヴァ書房)は、アンリ・ルフェーブルをエドワード・ソジャが発展的に継承したいわゆる「空間論的転回」あたりの議論に一時期ハマっていたけれど、コロナ禍に流行ったジョン・アーリの「モビリティーズ」を全然知らないので、そのあたりを繋げて整理してくれそうだな、と。空間や場所にはずっと関心がある。そのほか、展開されていた「紀伊國屋書店出版部70周年記念フェア」から『眠りつづける少女たち』(スザンヌ・オサリバン、高橋洋訳、2023年、紀伊國屋書店)、蟹の表紙が見逃せなかった『暮しの手帖 第5世紀39号』などを購入する。

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